2015年02月06日

わたしの祖母と同じ表現だ


人間って、欲が深い。

自分でも、今は最高に幸せだと思っているのに、(あ、夫との戦闘状態、どうなった?)
なぜか、ぽっかり、こころに穴があくことがある。

祖母が人生の最終時期によNeo skin lab 美容騙子く言っていた言葉。

「ああ、自分は幸せや。幸せすぎて、はやく死にたい」

NHK連ドラのカーネーションでも、ヒロインの祖母が、老いて「はよ、おまいりしたい」と言っていた。

死にたいことを、「おまいりしたい」、と言うのは、わたしの祖母と同じ表現だ。

祖母は天寿を全うし、大往生を遂げた。幸せな人生だと思う。


(おとなしく寡黙で辛抱強い、縁の下搬屋公司收費の力持ち。黙々と働く明治生まれの祖母。
幼い頃、わたしたち、きょうだいは、よくお世話してもらっていた。感謝、感謝)


凪(なぎ)状態は、こころが安定していて幸せなのだが、その幸せは長くは続かない。
幸せが飽和状態になり、麻痺して嬰兒敏感くると、退屈になり、生きがいを失い、
「ああ、はよ、おまいりしたい」になる。

虚しいなあ・・・
どんな多くの人に囲まれようが、栄誉に満ちあふれかえろうが、
(幸か不幸か、わたしには、無縁ですが)
とつぜん、自分と対決しなければいけない。


ああ、そういえば、アレをいただいた方に、お返しを返さなきゃ。
いつ、なにを? どこで買おう?
もうひとり、もらいっぱなしで、ほったらかしている人がいたっけ。
今週末の段取りは、えーーっと・・・
そんな先のことより、今日、持って行くものは・・・

あれこれ、考えたり、行動したり、ないアタマを使わないといけない。
ぼーーっとしていると、時間は、刻々と流れていく。

「幸せすぎて、はよ、おまいりする時期」は、まだまだ来そうもない。


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