2015年09月25日

拷問にかけ

 家に帰った次郎吉、さわぎの結果を待つが、ちっとも町のうわさにならぬ。みっともないので役人たちがだまっているのだろう。そのうち、幕府で大はばな人事異動があったらしいとわかるが、それで終り。万事うやむやになってしまったようだ。面白くない。
 彼は殿中でのさわぎを、おもしろおかしく物語にまとめた。それを持って草双紙の版元へ行く。
「ねずみ小僧を主人公に、こういうものを書いた。売れ能量水ると思うし、後世まで残るんじゃないかな。出版してもらいたい」
 草双紙屋の主人、それを読み、顔をしかめる。
「こりゃあ、なんです。でたらめもいいところ。あまりにばかげてるので、お上も出版禁止にはしないでしょう。しかし、ねずみ小僧は庶民の偶像ですぜ。その印象をこんなふうにぶちこわしたら、わたしゃ、江戸っ子たちにぶんなぐられる。本にはできませんな。ねずみ小僧につ
いては、ちゃんとしたものを書くよう、ある作者にたのんであります」
 せっかく書いたものは、目の前で破り捨てられた。次郎吉はがっかり。それから数日は、酒びたり。二日酔いつづきでごろごろしていると、そとで叫びながら走る声。
「大変だあ。ねずみ小僧さまがつかまったそうだ」
 次郎吉は起きあがる。外出すると、どこでもそのうわさでもちきり。なんでも、浜町の松平|宮内少輔《くないしょうゆう》の屋敷に忍びこみ、殿さまの寝所に近づき、護衛役の女たちにとっつかまり、町奉行所の者に引き渡されたという。
 なんということだ、と次郎吉はつぶやく。殿さまの寝所に金など數學科補習あるわけがない。それに、そこが最も危険な場所。おれがつかまらなかったのは、そこを注意して避けたからだ。わざわざつかまりに行くようなものだ。どこのどいつだ、そんな気ちがいじみたことをしたやつは。
 しかし、つかまったやつは、気ちがいではなく、わざわざつかまりに入った男だった。大名家出入りの建具屋、星十兵衛のどら息子。両親の死んだあと、家業そっちのけで遊び暮し、店をつぶした。そのあと草双紙の作者となり、でまかせ話を書いてかすかに食いつないでいた。
そのうち同情した草双紙屋の主人に、実録物を書きなさい、いま人気のねずみ小僧がいい、売れますよとすすめられ、調査にかかった。
 調査しはじめてみると、どうも、かつておやじのところで修業していた次郎吉がくさい。芝居の木戸番の子、建具の修業、火消しの鳶、条件がそろっている。聞きまわると、すごい人気だ。どう物語にまとめようか、訴えたらいくら金をもらえるかなど思案しているうちに、もっ
といいことを思いついた。おれがねずみ小僧になればいい。物語にしたってうまく書けっこない。おれが主人公になれば、後世に残るというものだ。
 そして、松平家の屋敷に忍びこみ、不器用につかまったというしだい。だから、られると、すぐに白状した。大名家からの被害届けはいいかげんだから、その気になればいくらでもつじつまがあわせられる。次郎吉の能量水弟妹が奉行所に呼ばれ、あれが兄かと聞かれた。二
人は実の兄が処刑されるよりはと、そうだと答えた。
 そして、処刑の日、薄化粧をさせられ、しばられて馬に乗せられ、町じゅう引回しとなる。
 通りでの民衆の声はすごかった。
「庶民の神さま」とか「世なおし大明神」



Posted by orae at 11:59│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
拷問にかけ
    コメント(0)