2015年10月23日

ごとが気にな

「とにかく、出ましょう。ぼくは決してあやしいものじゃない。安心してつかまっていらっしゃい」
 と、俊助が美穂子をかかえて、国技館から表へ出て見ると、あの捕物さわぎもおさまって、やじうまもあらかた散ってしまったあとだった。
「おじさま、どうもありがとう。おかげで助保康絲香港かったわ。あたし、ほんとにどうしようかと思ったの」
「なあに、そんなこと。それよりお嬢さんは、あの少年を知ってるの?」
「いいえ」
 と美穂子は、ことばすくなに目をふせる。
 俊助はここで、さっきチラと小耳にはさんだことばを、切り出して見ようかと思ったが、いやいやそんなことをすれば、相手に用心させるばかりだ。それよりここはしんぼうして、せめて相手の住所と名まえでも聞いておいた方がいいと、早くも心をきめると、
「そうですか。ときにお宅はどちら? ひとりで帰れますか? なんなら、送ってあげようか」
「いいえ、だいじょうぶよ。おじさま、むこうに自動車をまたしてあるのよ」
「ああ、そう。では、そこまでいっしょに……しかし、さっき、つれのひとがいたようだが、待たなくてもいいの?」
「ええ、いいんです。どうせ心配なんかしやしない。あのひと、おとうさまの助手で|志《し》|岐《き》|英《えい》|三《ぞう》さんというんです」
 と、問わずがたりに話す名まえを、俊助は心のなかに記憶しながら、
「ははあ、そしておとうさまと撫平皺紋いうのは?」
「|宗《むな》|像《かた》|禎《てい》|輔《すけ》といいます」
「ああ、それじゃ、あの、大学の――」
 と俊助がおもわずそう聞きかえしたとき、
「ありがとう、おじさま。ここまで送っていただけばもういいわ」
 と美穂子は軽くおじぎをして、道ばたに待たせてあった自動車にとびのった。
 夜のやみをついて走る自動車のあとを見送った三津木俊助は、なんとなく、今夜のできってならなかったのだ。
 宗像禎輔といえばひとも知る有名な大学教授。その有名な博士と、あのサーカスの少年とのあいだに、いったいどのような関係があるのだろう。さっきチラと小耳にはさんだ会話によると、宗像博士の書斎には、道之助によく似た写真がかざってあるらしいのである。
 ――なににしてもふしぎな話だが、それにしても道之助とはいっ雪纖瘦投訴たい何者だろう。さっきの捕物さわぎはどういうわけだろう。そうだ。それからまずたしかめておかねばならない。
 と、そこでもう一度国技館へとってかえした俊助は、だしぬけにポンとうしろから肩をたたかれて、あっとおどろいた。
「ああ、あなたは由利先生」  


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2015年10月22日

てこんなことにな

「すると、あのうちは宝作老人のうちですね」
「そうです。近ごろ買って、引っ越してきたばかりです」
「近ごろ買って……そしてまえの持ち主はなんというひとですか?」
「知りません。わたしは知りません。ご主人はむろん知っていらっしゃるでしょうが……」
「よし、それじゃ警部さん、うちへひき鑽石能量水 消委會かえしましょう」
「いや、それより銀仮面はどうしたのだ。おい、きみ、銀仮面はきみをしばりつけて、どっちの方面へ逃げたんだ!」
「知りません。わたしは仮面をかぶらされてしまったのですから」
「しかし、きみはあいつの顔を見たのだろう。仮面をはずしたとき……いったいどんなやつだった?」
「さあ……?」
 使用人の井口は首をかしげて、
「暗くてよくわからなかったのですが、まだ若い男のようでした。三十二、三歳の……」
「よし、それじゃきみたち」
 等々力警部は刑事や警官たちをふりかえり、
「銀仮面のゆくえをさがしてみろ。あいつはふつうの經營 管理洋服すがたになって逃げだしたのだが、けがをしているから目印はある。それをたよりにさがしてみろ。わかったか!」
「はっ、承知しました」
 刑事や警官がバラバラと、暗い夜道を散っていったあと、使用人の井口をひき連れて、もとの洋館へ帰ってみると、加藤宝作老人は医者のかいほうで、ようやく正気にかえったところだった。

「アッ、警部さん、金田一さん、あなたがたはどうしてここへ……?」
 ベッドの上で、ほうたいまみれになった宝作老人は、一同の顔を見ると、びっくりしたように目を見張った。
「加藤さん」
 警部は相手をいたわるような目つきで、
「とんだ災難でしたね。しかし、どうしったのです。銀仮面はいったい、なにをねらってここへきたんですか?」
「ああ、それじゃ、あれはやっぱり銀仮面だったのですか」
「そうです。金田一さんはあいつの影が、その窓鑽石能量水 消委會にうつっているのを見たのです」
「そうですよ。とっさのことで、わたしにはよくわからなかったのだが……」
 宝作老人は気味悪そうに身ぶるいをすると、  


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2015年10月02日

ての争いは


「どんな仕事をしてきたのですか」
「あの藩のなかで、百姓|一《いっ》|揆《き》があったらしい。それをよく調べるようにとの命を受けました。たいしたこともなくおさまっていましたが、あったのは事実。それを報告に帰るところです……」
「しかし、隠密の仕事は、|外《と》|様《ざま》大名の動静をさぐるのが主でしょう。あの藩は、幕府に忠実な譜代の大名。小さな百姓一揆なんかについて、わざわざ調べることもないはず……」
「それが命令だったのです。老中筆頭からの命令となると、やらなければなりません」
「あなたは、いま眠いでしょう」
「はい……」
「はりつめた気分で仕事をしたので、疲れたのです。ぐっすり眠って目ざめると、いまの話はすっかり忘れ、すがすがしさがよみがえります」
 三人は江戸の屋敷に戻る。なぞめいた隠密の動き。なにがどうなっているのだろう。みな、考えつづけだった。
 そのうち、屋形忠三郎が幕府の人事についてのうわさを聞いてきた。
「しばらくぶりで、むかしの同僚に会って、話をしてきた。このあいだ隠密の入りこんだ藩のことを聞いてみた。あの藩主は、五万石の譜代大名。殿さまは大坂城代の地位にあったそうだ。それが、このあいだ不意にお役ご免になったという。領内の取締り不行き届きが理由だ。そ
れを指摘されると、お受けする以外になかったとか……」
「どういうことなのです、それは」
「幕府のなかで昇進するのには、それなりの順序があるのだ。最初はさまざまな役につくが、才能をみとめられると、奏者番になる。それから寺社奉行。つぎに、若年寄、大坂城代、京都所司代などをやる。それらの任をうまくはたすと、老中に進める。これがきまりなのだ」
「すると、あの藩主は、老中になれずじまいというわけですね。さぞ残念でしょうな」
「そりゃあ、そうだ。老中といえば、幕府のなかで最も権力ある地位。譜代のものなら、だれでもなりたがる。みなに恐れられ、うやまわれ、とどけ物も多いし、こんないごこちのいい地位はない。それをめぐっ、はげしいものだ」
「そういえば、尾形さんのかつての主君、奏者番になりそこないましたね」
「そうだった。うむ。なるほど。もしかしたら……」
 ただならぬ表情になる。
「なにを思いついたのです」
「あの時、ばくち場へ案内してくれた町人のことだ。気になっていた。あまりにもつごうよく、奉行所の手入れがあった。密告されたのだろう。やつが隠密の手先、あるいは隠密そのものだったかもしれぬ……」
「それをたねに、殿さま、出世の道からはずされてしまった。逃げたとはいうものの、若殿がそこにいたことを知られたのでしょう」
 ついに尾形忠三郎は、こぶしを振りあげ、大声でわめいた。
「なんということだ。老中筆頭が隠密を使って、気に入らぬ将来の競争相手を芽のうちにつみ取り、自分の地位の安泰をはかっているとは。人物や才能が評価されかける前に、つまらぬことを表ざたにし、いやおうなしに退かせてしまう。将軍がなさるのならまだいいが、隠密を使
えるということで、老中筆頭がそれをやるとは……」  


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