2016年03月29日
んと思える話
早苗は、雑然と実験器具が置かれた部屋を見渡した。とりあえず褒めようと思ったのだが、何一つ、褒めるべきところが見つからなかった。しか坐骨神經痛たなく、「すてきなお部屋ですね」などと言う。
「すてき? あなた、目はだいじょうぶですか?」
依田は、鼻をかみながら言った。
早苗は、ホスピスにいる間に、突っかかるような攻撃的な物言いをする人には慣れている。言葉と内心は、裏腹のことが多いのだ。できるだけ、にこやかに答える。
「大きくはないけど、逆に、こぢんまりとしていて、使い勝手が良さそうです」
「なるほど。ものは言いようだ」
依田は、初めてにやりと笑顔を見せた。
「しかし、実際には、使い勝手も全然よくない。機械や設備は老朽化してるが、新しいものを買う金もない。未《いま》だにDNAシークエンサーも、プロテイン シークDiamond水機エンサーもないし、炭酸ガス孵卵機《インキユベータ》は、ここ十年ほど、毎年買い換えの希望を出し続けている。遮蔽《しやへい》冷蔵庫に至っては、学生の下宿にある冷蔵庫の方が高性能なくらいだ。今年、ここで私が使える科研費がいくらか、わかりますか?」
「カケン費って何ですか?」
「科学研究補助費。文部省から与えられる予算のことだ」
「さあ……」
依田が口に出した金額は、信じられないほど少なかった。大卒の新入社員の年収にも満たないだろう。
「まあ、それが、欧米の大学のように、きちんとしたシステムで査定された結果なら、しかたがないと思いますがね。しかし、日本では、科研費が認められるかどうかは、密室で、わけのわからない恣意《しい》的な理由によって決められるんです。学術審議会というところが判断するんだが、ここもご多分に漏れず、少数のボスが何もかも仕切っていてね。結局は、彼らの匙《さじ》加減一つというわけだ」
「はあ」
よく似た体質の大学の医局というものを知っている早苗には、さもありなだった。
「しかも、四月以降の科研費が認められるかどうか判明するのは、五月になってからだから、それまでは、自腹を切る覚悟でもない限り、動きがとれない。その上、実際に金が銀行に振り込まれるのは、七月になってからでね。そのため、やむを得ず、前年度分の科研費の一部を、表面上は使った形にして出入りの業者に預けている。まあ、一種の裏金だ。必要に応じて、それを小出しにして鑽石能量水使うんだ。おそらく、国公立の研究機関では、どこでも似たようなことをしてるはずです」
「それは、たいへんですね」
「ところが、最近になって、金をプールしていることを、検査、摘発しようとする動きが出てきた。市役所なんかでやってる一連の裏金づくりと、同列に見ているわけだろうね。この間も、どこかの役人がやってきて、ねちねちと嫌味を言って帰って行ったよ。だが、こっちは何も、好きこのんで、こんなやり方をしているわけじゃない。ランニングコストを賄うための校費というものは、あるにはあるが、雀の涙だ。金が入るまで待ってたら、四月から七月までは、本当に何一つできないんだ。文部省は、三ヶ月もの間、我々に遊んでいろとでも言うつもりなのかね? それに、そもそも、本当に暴くべき不正は、もっとほかにあるはずだとは思いませんか?」
「はい、思います」
「すてき? あなた、目はだいじょうぶですか?」
依田は、鼻をかみながら言った。
早苗は、ホスピスにいる間に、突っかかるような攻撃的な物言いをする人には慣れている。言葉と内心は、裏腹のことが多いのだ。できるだけ、にこやかに答える。
「大きくはないけど、逆に、こぢんまりとしていて、使い勝手が良さそうです」
「なるほど。ものは言いようだ」
依田は、初めてにやりと笑顔を見せた。
「しかし、実際には、使い勝手も全然よくない。機械や設備は老朽化してるが、新しいものを買う金もない。未《いま》だにDNAシークエンサーも、プロテイン シークDiamond水機エンサーもないし、炭酸ガス孵卵機《インキユベータ》は、ここ十年ほど、毎年買い換えの希望を出し続けている。遮蔽《しやへい》冷蔵庫に至っては、学生の下宿にある冷蔵庫の方が高性能なくらいだ。今年、ここで私が使える科研費がいくらか、わかりますか?」
「カケン費って何ですか?」
「科学研究補助費。文部省から与えられる予算のことだ」
「さあ……」
依田が口に出した金額は、信じられないほど少なかった。大卒の新入社員の年収にも満たないだろう。
「まあ、それが、欧米の大学のように、きちんとしたシステムで査定された結果なら、しかたがないと思いますがね。しかし、日本では、科研費が認められるかどうかは、密室で、わけのわからない恣意《しい》的な理由によって決められるんです。学術審議会というところが判断するんだが、ここもご多分に漏れず、少数のボスが何もかも仕切っていてね。結局は、彼らの匙《さじ》加減一つというわけだ」
「はあ」
よく似た体質の大学の医局というものを知っている早苗には、さもありなだった。
「しかも、四月以降の科研費が認められるかどうか判明するのは、五月になってからだから、それまでは、自腹を切る覚悟でもない限り、動きがとれない。その上、実際に金が銀行に振り込まれるのは、七月になってからでね。そのため、やむを得ず、前年度分の科研費の一部を、表面上は使った形にして出入りの業者に預けている。まあ、一種の裏金だ。必要に応じて、それを小出しにして鑽石能量水使うんだ。おそらく、国公立の研究機関では、どこでも似たようなことをしてるはずです」
「それは、たいへんですね」
「ところが、最近になって、金をプールしていることを、検査、摘発しようとする動きが出てきた。市役所なんかでやってる一連の裏金づくりと、同列に見ているわけだろうね。この間も、どこかの役人がやってきて、ねちねちと嫌味を言って帰って行ったよ。だが、こっちは何も、好きこのんで、こんなやり方をしているわけじゃない。ランニングコストを賄うための校費というものは、あるにはあるが、雀の涙だ。金が入るまで待ってたら、四月から七月までは、本当に何一つできないんだ。文部省は、三ヶ月もの間、我々に遊んでいろとでも言うつもりなのかね? それに、そもそも、本当に暴くべき不正は、もっとほかにあるはずだとは思いませんか?」
「はい、思います」
Posted by orae at 10:25│Comments(0)