2016年01月07日

は急ぎませんか

そのアルバムは、昭夫が何十年も目にしなかったものだ。古い写真が貼られていることは知っている。最後に見たのは、おそらく中学生ぐらいだろう。それ以降は、自分の写真は彼自身が整理するようになったからだ。
 加賀に見せられた頁には、若かりし頃の政恵と、少年だった昭夫が並んで写っている写真が貼ってあった。少年の昭夫は野球帽をかぶっている。手には黒くて細長い筒を持っていたdermes 激光脫毛
 小学校の卒業式だ、とすぐにわかった。政恵が来てくれたのだ。彼女は笑いながら右手で息子の手を握り、もう一方の手を軽く上げている。その手には小さな札のようなものが持たれている。何なのかはよくわからない。
 こみ上げてくるものがあった。
 認知症になりながらも、今も政恵は室內設計息子との思い出を大切にしているのだ。懸命に子育てをしていた時の記憶が、彼女を癒《いや》す最良の薬なのだ。
 そんな母親を自分は刑務所に入れようとしている──。
 実際に彼女が罪を犯したのなら仕方がない。しかし彼女は何もしていないのだ。一人息子の直巳を守るため、といえば聞こえはいいが、結局のところ、そうしたほうが自分たちの未来に傷が残らないというエゴイスティックな計算が働いている。
 いくらぼけているからといって、母親に罪をなすりつけるなど、到底人間のすることではない。
 だが彼は差し出されたアルバムを押し戻した。さらに、今にも涙があふれそうになるのを必死でこらえた。
「もういいんですか」加賀が訊いてきた。「おかあさんがこれを拘置所に持っていけば、あなたはもう見られなくなるんですよ。もう少し、じっくりと御覧になられたらどうですか。我々ら」
「いえ、結構です。見ると辛いだけだし」
「そうですか」
 加賀はアルバムを閉じ、春美に渡した。
 この刑事は──昭夫は思った。おそらくすべてを見抜いているのだ。犯人がこの老婆ではなく、二階にいる中学生だと勘付いている。そこで何とか真実を吐露《と ろ 》させたいと、あのこの手で老婆の一人息子に心理的な圧力をかけてきているのだ。
 こんな姑息《こ そく》な手に負けてはならないと彼は自分にいいきかせた。刑事がこういう手段に出るということは、何も確証がないからなのだ。ほかに攻め手が見つからないから、心情に訴えかけようとしているのだ。つまり、このまま押し通せばいいということになる。
 ぐらつくな、負けるな──。
 誰かの携帯電話が鳴りだした。松宮が上着のポケットに手を突っ込み、それを取り出した。
「松宮です、……あ、はい、わかりました」さらに二言三言話した後、彼は電話を切り、加賀にいった。「主任たちの車が着いたようです。玄関の前にいるそうです」
 了解、と加賀は答えた。
 ちょうどその時、廊下から八重子の声がした。  


Posted by orae at 18:01Comments(0)